昔、あるところに「かがきた はれこちゃん」という女の子がいました。
いえ、ほんとうの名前は「かわきた はるこ(河北明子)」というのです。
でも、いつもぼんやりしていて、何より本を読み始めたら夢中になり、
まわりの声も聞こえなくなってしまう。
でっかいヤブ蚊が飛んできても、まるで気づかない。
だから、(蚊が来た、腫れ子ちゃん)と呼ばれていました。
それにくらべて妹の「かわきた とくこ(河北督子)」は、
頭の回転も行動も、すばやい子でした。
不幸な蚊は、そばに寄るだけで、ぴしっとしとめられてしまうほど。
だから、(蚊が来た、捕る子ちゃん)と呼ばれていました。
・・・
ところが。
蚊には刺されっぱなしのはれこちゃんでしたが、
ホタルをつかまえるのは、得意だったのです。
それを知ったのは、つい先日。
長崎に行った帰りに、はれこちゃんたちが住んでいた
福岡の田舎の家に寄った夜のこと。
庭にふわふわ舞うホタルを珍しがり、わたしがはしゃいでいると、
はれこちゃんは、ふいっと腕を伸ばし、
「ほら、においをかいでごらん」
と、両手の内にとらえたホタルを、差し出してくれました。
わたしが逃がしてしまうたび、何度でも。
「じょうず!」と感心すると、
うれしそうに、
「ほ、ほ、ほーたるこい♪」
と、おどけた足取りで、また追っていきました。
・・・
はれこちゃんは、わたしの母です。
(2004.7)