Livre d'Image 絵本のポケット
気ままな絵本案内
奇跡の絵本

ちょっと前のこと。

ぷるる・・・
翌日〆切の書評の原稿に頭を悩ませていたとき、電話が。
近所に住んでいる叔父が、危篤というしらせでした。

えっ、うそ。
だって、うちの前を散歩で通りかかったの、ほんの数日前だったのに。
向こうから声をかけてくれたのに、
ちょうど宅急便を受け取っていたわたしに、
「ゆきっ」て、
何十年も変わらない笑顔と、ちょっと乱暴な呼び捨てで。

電話を切って、次の電話を待つまで、
時間軸がゆがんだように、
昔のこと、今のしらせ、翌日の予定などが
ごちゃごちゃに頭に浮かんで、混乱しました。

そのとき机に開いていたのが、この絵本。
エリナー・ファージョンのお話を絵本化した
『エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする』(岩波書店)。
長めの物語を、最初からもう一度ゆっくり読み返していたら、
気分が少しずつしずまってきました。

エルシー・ピドックは、生まれながらのなわとびの天才。
その評判は山の妖精たちの耳にも届き、ある三日月の晩に、
秘術を伝授されることになります。

「高とび するりとび 羽根のような軽とび 長とび 強とび
 それから、みんなでそろってとび!

 おそとび 爪先とび 二度ぐるりとび 早とび おさめとび
 そして、心配ごとははねとばせとび!」 

百九歳になったエルシーが、だれもいないケーバーン山の上で、
どこまでもいつまでも軽やかにとび続けるシーンの、やさしいさびしさ。
空しか見えない場所に来たみたいに、こころが広々としてきます。

奇跡を起こすことはできなくても、
絵本は、奇跡を信じる力をさずけてくれるもの。
そう、あらためて気づかせてくれる一冊でした。

(2004.12)

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(読売新聞毎週月曜夕刊に掲載)