茂田井武について
1950頃 仕事場にて
記憶にひっかかって抜けないもの、過去の印象の鮮明なもの
――駄菓子屋の景、学校の出来事、水呑場風景、蝗やトンボとり、
汽車ゴッコ、町ゴッコ、幼稚園の楽隊、あちこちの縁日……

これらのものはさしづめ私以外誰にも必要のない映像であろうと思う。
それと同時に私以外何人もこれを仕上げてくれる者はいないに違いない。
だがもしこれを満足のできる迄仕上げられた時、これを見た誰かは
この絵から過去の何時か何処かで逢い見た光景を感じて呉れないとも限らない。

私は私の印画を紙上に焼きつけて一枚一枚と描き続け、
納得のいくまで訂正しつみ重ね、そしてこれができ上ったら
「おとうさんの絵本」という題をつけて唯一の遺物にするつもりである。

茂田井武「印象のレンズー私の描きたい絵ー」
(1952年『教育美術』)より
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Illustrations © Koyomi GOTO Text © Yukiko M. HIROMATSU